■商品概要
その明かりは人々の目にどう映ったのだろう。希望か、不安か。
米・東インド艦隊司令長官のペリーが神奈川県横須賀市の浦賀沖にいかりを下ろした16年後の1869年2月、観音崎で日本初の西洋式灯台「観音埼灯台」が点(とも)った。1923年の関東大震災など2度の地震による倒壊を経て、現在の建物は3代目。63年まで、人力で巻き上げた分銅が落ちる力で発電していたというのが驚きだ。
時を経て、灯台は無人となったが、隣接する資料展示室で公益社団法人「燈光会」職員の榎本公美代さん(57)が訪れる人を笑顔で迎える。スマートフォンのアプリを駆使して浦賀水道を行き交う船の名前や大きさをチェックし、「あの船は東京スカイツリーより大きいですよ」などと声をかける。「眺めが悪い日もある。どんな天気の日も楽しんでもらいたいから」
外国船を江戸湾に導くための明かりが点ってから1世紀半。今では米海軍の艦船が当たり前のように出入りし、昨年は英海軍の空母も航行した。灯台の光が照らす先に、海の安全、そして世界の平和がありますように。そう願わずにいられない。 (石原真樹)
紙面より一部抜粋(2022年7月3日発行 東京新聞朝刊)